経営レポート

企業への未払残業代請求急増!~実態と企業の対応策~

近年、残業代が未払いであるとして、従業員や退職者が請求を行う動きが広まっています。労働基準監督署へ行われる申告の件数や、労働基準監督署が行った是正勧告の件数、訴訟などの直接的な請求件数も急増しています。
また、弁護士等の専門家によるホームページでの残業代請求に関する宣伝も広がっており、この問題は早いスピードで企業経営に影響を及ぼすものと考えられます。
そこで未払残業代請求急増の実態と会社側としての対応策について考えてみたいと思います。

未払残業代請求急増の要因

未払残業代請求の動きが広まってきた要因には様々なものがありますが、大きなものとして次の3点があげられます。

1.終身雇用制の崩壊

一昔前までは、一度就職すると生涯同じ会社で働くという日本企業の代名詞であった「終身雇用制」が一般的でしたが、低成長時代を迎え、企業の生き残りをかけたリストラが本格化した今日、給与の伸びは期待できなくなり、終身雇用制が崩れ、退職給付金もあてにできなくなっています。

このような終身雇用制の崩壊により、現在では転職を行うことは珍しいことではなくなりました。 在職中は様々な不利益を恐れ、請求できなくても退職後であれば容易に請求できる。
また、在職中であっても、従業員の会社に対する帰属意識が低下してきたこともあり、残業代が支給されなくても我慢していた従業員が声をあげるようになってきました。

2.情報化社会の進展

最近でいうと、いわゆる「名ばかり管理職」の問題がマスコミによって大きく報道され、残業代請求が認められることが広く知られるようになったことやインターネットなどの普及により情報を簡単に得ることができるようになったことなどの影響が考えられます。

3.ポスト過払い金請求

消費者金融等がお金を貸出す利率には出資法の上限利率(年29.2%)と利息制限法の上限利率(年15~20%)の2種類があります。消費者金融等は利息制限法ではなく出資法の金利率をそのまま、もしくは近い高利率を設定しています。
もちろん守らなくてはいけない法律は利息制限法です。

「過払い金請求」とは、この差により消費者金融等に払い過ぎたお金を返還請求することです。
「返還金バブル」とも言われたように、弁護士等によるテレビやラジオ、新聞などでの広告がほとんど過払い金請求の広告という時期もありました。
しかし、「返還金バブル」も終焉を迎え、次の「ポスト過払い金請求」として未払い残業代請求が注目されてきたわけです。

請求方法の多様化

実際に未払残業代を請求される場合の請求方法には様々な方法がありますが、代表的な方法は次のとおりです。

是正勧告 労働基準監督署が労働者等の申告により、事業場への臨検を行い、「賃金全額払いの原則」に違反している事実がある場合に、事業主に是正勧告を行います。 この是正勧告により事業主に未払い賃金を支払うよう促す方法です。
最も多い請求方法です。
労働組合 労働者が労働組合(※1合同労組やユニオン等を含む)に加入し、未払い賃金を請求してくるものです。交渉に慣れている労働組合に加入することが多いようです。会社側と労働組合とで団体交渉を行い、未払い賃金について話し合うことになります。
民事訴訟 労働者が原告となり、裁判所に訴状を提出し訴えをおこすものです。
その際には、※2付加金請求も同時に行われることが多く、未払い賃金と同額の付加金を支払うことになる可能性もあります。

※1 個人単位で加入できる労働組合のこと。

※2 労働者の請求により、未払い金のほか、未払い金と同一金額の付加金の支払いをしなければならならいという労働基準法114条に基づいた請求のこと。

労働基準法改正による影響

平成22年4月から長時間労働を抑制し、労働者の健康確保や、仕事と生活の調和を図ることを目的とする「労働基準法の一部を改正する法律」が施行されます。

◆改正の概要◆
60時間を超える時間外労働の 割増賃金率の引上げ
限度時間(45時間)を超える時間外労働の割増率引上げなどの努力義務
割増賃金の支給に代えた休暇制度の創設
時間単位年休制度の創設

上記改正のうち①および②施行後の時間外労働に対する割増賃金率の仕組みを図に表すと次のようになります。

※中小企業については当分の間、適用が猶予されます。

図のとおり、4月からは時間外労働が月45時間を超えた部分については、割増率を25%を超える率とするように努め、月60時間を超えた部分は割増率が50%となります。
これにより、未払残業代請求をされた場合の請求額はさらに高額となる可能性があります。
また現在は、賃金請求権の時効は2年間となっていますが、債権法分野の消滅時効期間の延長が検討中であるため、それに伴い、労働債権の消滅時効期間も延長される可能性があります。そうなるとさらに遡って未払残業代を請求される恐れもあり、早急な対応が必要とされるでしょう。

企業としての対応策

残業代請求に対する会社側の反論は、よほどきちんとした労働時間管理がされていない限り、聞き入れられる可能性は低いものと考えられます。
では、是正勧告や訴訟のリスクを回避するためには具体的に企業としてはどのような対策が必要でしょうか?

★対策① 振替休日の活用
振替休日を活用することにより、無駄な時間外労働を発生させないようにすることです。
ここで、振替休日と代休の違いを説明します。
  • 振替休日とは、休日として定められた日とあらかじめ特定した他の労働日とを振り替えること
  • 代休とは、休日に労働させた後、その代償として以降の労働日の労働義務を免除すること
振替休日なら残業代は必要なし、代休なら残業代は必要とよく言われていますが、基本的に同一週内での振替処理でない限り、週法定労働時間を越えた部分の割増部分の残業代支払いは発生するので注意が必要となります。
★対策② 変形労働時間制の導入
小売業やサービス業などにおいて、変形労働時間制は非常に使い易い制度といえます。
一般的には事業所の実態に応じて1ヶ月単位または1年単位の繁閑状況に応じて労働時間の配分を行い、労働時間の短縮を図ろうとするものです。
時期によって業務量にバラツキのある会社では、変形労働時間制の導入により、業務の繁閑に応じて柔軟に労働時間を配分することができ、繁忙期の残業の減少や閑散期の所定労働時間の短縮により、年間の総労働時間の縮減を図ることができます。
◆変形労働時間制の種類(フレックスタイム制除く)
一ヶ月単位 1ヶ月の期間内(月始め、月末、特定の週等)において繁閑の差がある事業場に利用した場合に効果的な制度です。
効果として特定された週において法定労働時間(40時間又は特例で44時間)を超えて又は特定された日(8時間)を超えて労働させることが可能です。
一年単位 業務内容等によって繁閑の差がある事業場において、労働時間の効率的な配分を行い、労働時間を短縮することができるように設けられた制度です。
設定期間は1年以内の一定期間で、平均して週40時間となる範囲で労働時間を設定します。設定できる労働時間や連続して労働して労働させることができる日数に制限があります。
一週間単位の否定形型的 日々の業務において繁閑の差が大きく、1ヶ月単位の変形労働時間制では対応できない場合等において、比較的忙しくない日に労働時間を短縮し、忙しい日に労働時間を延ばす制度です。
ただし、この制度を導入する場合には事業要件および事業規模を満たす必要があります。(常時使用する労働者数が30人未満の小売業・旅館・料理店・飲食店事業)
この制度を導入する場合には、労働者側とよく話し合い、制度の趣旨を説明した上で、理解を求めましょう。定められた手続を取り、要件に当てはまった制度を導入するよう、くれぐれも注意してください。
★対策③ フレックスタイム制の導入
総労働時間の枠内で、始業および終業の時刻を労働者の決定に委ねる制度です。
活用の仕方によっては、効率的な労働時間管理が可能であり、労働者にとっても仕事と生活のバランスをとることができます。
なお、フレックスタイム制における出退勤時刻は1分単位です。会社の方針で15分刻みとしていた企業に対し、端数についての賃金不払残業の指摘がなされた例もありますので注意が必要です。
★対策④ みなし労働時間制の導入
時間外労働の計算を行わず、労働時間を一定時間労働したものとみなす制度です。
みなし労働時間制の対象となる業務は、営業のように1日の大半を社外で労働するなど労働時間の算定が困難な業務や、業務の遂行方法を労働者本人の裁量に委ねる必要がある業務などです。 みなし労働時間は、1日単位で設定し所定労働時間労働したものとみなす方法と、一定時間残業したものとみなす方法とがあります。
ただし、労働者がみなした時間以上に働いた場合は、やはりその時間に対して残業代支払いの義務があるので、会社は労働時間の管理をしなくてよいという事にはなりません。
◆みなし労働時間制の種類
事業場外みなし労働時間制 営業社員などによく使われています。
外勤の営業社員などのように労働時間を算定しがたい場合に「所定労働時間労働したものとみなす場合」または「その業務の遂行に通常必要な労働時間、労働したものとみなす場合」の2種類があります。
専門業務型裁量労働制 業務の性質上、その業務の遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務として定められた19業務のみ導入することが認められています。
対象となる業務を労使で定め、その業務に就いた場合に、あらかじめ定めた時間働いたものとみなされます。
企画業務型裁量労働制 事業運営上の重要な決定が行われる本社などにおいて「企画、立案、調査および分析を行う者」に適用されます。
労使委員会であらかじめ決議した時間働いたものとみなされます。
★対策⑤ 事前申告制の導入
時間外労働を行う場合に、事前申告制にするという方法です。
時間外労働は、あくまで会社からの指示に基づき行うものです。労働者が独断で残業したような場合には、労働時間に該当しません。
しかし、業務指示は明示的なものだけでなく、黙示的なものも時間外労働と認定されているケースが多いため、立証のためには指示命令は書面で行うことが必要であるといえます。
★対策⑥ 定額残業代制の導入
残業代を毎月、定額で支払っておく制度です。
残業代は労働基準法に定める計算方法に従わず、定額を支給することが一切認められないというわけではありません。 しかし、定額制をとったとしても、一定額を支給しただけで残業代全額の支払いを免れるわけではありません。定額を超える残業代が発生した場合には当然その差額の清算を行わなければなりません。
★対策⑦ 名ばかり管理職対策
十分な権限や裁量もないのに管理職として扱われ、残業手当も支給されないまま過酷な長時間労働を強いられるのが“名ばかり管理職”です。
法律が定める管理監督者の条件は、
  • ①「経営者と一体的な立場」
  • ②「労働時間を管理されない」
  • ③「ふさわしい待遇」
の3つです。
裁判では、管理監督者と認められたケースは非常に少なく、厳格な判断がなされていると言わざるを得ません。 この機会に管理監督者の要件に該当するかどうかの見直しを行う必要があるでしょう。
★対策⑧ ダラダラ残業の防止
根本的な問題として、そもそも時間外労働がコストを生じさせるものであることの意識が欠如し、労働者がダラダラと残業をしているというケースも少なくないと思います。
具体的な対策として効果的なのは、対策⑤で説明しました「残業の事前申告制」でチェック体制を整えることでしょう。しかし、このような対策を講じる上で一番大切なことは、労働者との間で、「労働時間を短縮する」という目的意識を共有化し、職場内の意識を改革することです。
その意識啓発のために、毎週1日ノー残業デーを設けるなどのイベントを実施している例も多く見られます。このように事前申告制とイベント実施などをセットで展開していくことが最も効果的な方法であるといえるでしょう。

時間外労働とワークライフバランス

前述の対策から、残業代の未払いを排除し、正確な労働時間の把握をしたうえで、時間外労働を抑制していくことが企業にとって重要であるといえます。

平成22年4月から施行される改正労働基準法も、長時間労働による脳血管疾患および虚血性心疾患や精神疾患の発症の増加を受け「長時間労働を抑制し、労働者の健康確保を図ること」を目的に改正されたものです。また、「仕事と生活の調和を図ること」、いわゆるワークライフバランスの実現を目的としています。

このように時間外労働の抑制とワークライフバランスの実現は切り離せない問題といえるでしょう。
「仕事と生活の調和推進のための行動指針」でも述べられているように、「仕事と生活の調和が実現した社会」では、労働者に「健康で豊かな生活のための時間」が確保されることが必要です。

また、ワークライフバランスの問題は、これまで育児・介護を担う労働者の問題として、とらえられてきましたが、「ワーク・ライフ・バランス憲章」では、ワークライフバランスという課題がすべての労働者にかかわるものであることを明確にしました。
「健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会」を「働く人々の健康が保持され、家族・友人などとの充実した時間、自己啓発や地域活動への参加のための時間などを持てる豊かな生活ができる社会」と説明しています。

人生においては、仕事以外にも家庭や地域での役割、趣味や自己啓発などたくさんの場面があります。 労働時間と生活時間のバランスを図り、職場だけにとどまらず、家庭や地域でも愛され、必要とされることが社員の幸せに繋がり、またそのような人材こそが企業にとっては宝となるのではないでしょうか?

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