コラム

キウイフルーツの収穫 (12.10.31)

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 10月中旬の土曜日に、キウイフルーツの収穫をしました。3年前に雌雄2本の苗を植えて管理していました。昨年は花も咲かなかったのに、今年はたくさんの花を咲かせ、たくさんの実をつけました。実を大きく育てるため摘果しましたが、それでも166個のキウイを収穫することができました。実の大きさは小ぶりですが、一人前にキウイの形をしています。

 

 収穫後は、りんごと一緒に室内で2週間ほど追熟させました。ちょっとすっぱいけれど、初めてにしては上出来だったと家族で大喜びしました。

 

  後で知ったのですが、3年目は結実しても実を摘み取った方が木の充実を図れ、来年以降の収穫に期待がもてたとか...。(濱田 幸子)

「楽しいクラッシック?」 (12.10.30)

 先日、久しぶりに葉加瀬太郎のコンサートに行ってきた。

 バイオリンのコンサートといえば、静かに聞くイメージも強いと思うが、葉加瀬太郎のコンサートは実に楽しい。確かに静かに聞かせる曲もあるが、バイオリンだけでなくチェロ・ギター・ドラムなどの演奏も加わり、ポップスの感覚のようにみんなで盛り上がる曲もあり、あっという間に時間が過ぎてしまう。ジャンルに縛られず、音楽を身近に感じてもらおうと余興?のコーナーもあり、笑いの要素も詰め込まれた構成となっている。

 葉加瀬のバイオリンは当然、素晴らしく素敵なのであるが、私のもう一つのお目当ては、チェリストの柏木広樹さんである。近くで見れば、ただのオジサンかもしれないが、演奏している彼の横顔と笑顔がこれまた素敵である。チェリストとしてソロCDを出すくらいの人であり、彼のチェロは、深く語りかけるように心に届く音色だ。

 これから年末に向けて多忙な時期に突入するが、秋の夜長の楽しく心に響くコンサートで、心洗われ、癒された気がする。

 今年もあと2カ月、頑張らねば・・・。

(酒井洋美)

「教えるとは、希望を語ること 学ぶとは誠実を胸に刻むこと」 (12.10.29)

 我が事ですが、家族の二名が教職にあることもあって、「教育」にまつわる話が頻繁にあります。
 最近、フランスのレジスタンス詩人ルイ・アラゴンの詠った「教えるとは、希望を語ること 学ぶとは誠実を胸に刻むこと」の一節が話題になりました。
 この詩が出された時代背景はきわめて熾烈で、生と死が隣り合わせの時でした。アラゴンは1943年ストラスブール大学の数百名の教授学生がナチスに銃殺、逮捕されたことを題材に「ストラスブール大学の歌」を書きました。
 ストラスブール大学はナチスの戦火を逃れてフランス中部に疎開し新たに開学しました。その困難の中でも大学を続けたのです。そこではまさに教えることが希望を語ることだったようです。
 振り返って、近年の企業ではどうでしょうか。企業経営では、目先の成果を追い求め、学び育つということが「コスト」として忌み嫌われるような扱いとされているような気がします。また、現代の日本で希望を持てない若い人々が増えているような気がします。「作業をすること」を教えられることがあっても「希望を語る教育」にまではなっていないような気がします。
 合同経営は、専門知識を身につけて、社会で役に立つ専門家として育つことを基本理念としてきましたが、果たして日々の業務についての教育が「目先の作業教育」になってしまって、視野が狭くなっていたのではないか、自省することが多々ありました。

 アラゴンの詩の、「学ぶとは誠実を胸に刻むこと」と続きます。
 社員にとって学ぶとは何でしょうか。「知識を増やすこと」「技術を身につけること」「資格を得ること」、それらはいずれもとても重要です。
 しかし、これらは学びの結果です。学びにはプロセスがあり、それもまたとても重要なことだと思います。それをアラゴンが「誠実」という言葉で表現していることは意外なことだと思います。
 考えてみると、学びにおいて「誠実」は二つの意味で重要だと思います。
 「知的な誠実さ」は学びの質と量を規定します。知的な誠実さの対極にあるのは「知的な傲慢さ」や「知的な怠惰」ではないでしょうか。
 私たちは一度聞いたことや知っているような事柄について改めて聞いても、あまり深く考えません。しかし、そもそも自分の知識は正確であったかどうか、同じことが別の文脈、別の状況の下で別の意味を持ちはしないかが問われなければいけいでしょう。
 同じことを取り組んでも、「新しい発見はないか」と問題意識を持って取り組む場合と「単なる作業」と割り切って取り組む場合とは、後ほどには大きな差が出ることは容易に想像できます。いつも「前のとおり」「誰かのいうとおり」やる人との差も歴然でしょう。
 いま、再び、そうした意味から、このアラゴンの「学ぶとは誠実を胸に刻むこと」という言葉を深く考え、企業経営にも生かしていく必要性を感じています。(林哲也)

食の安全について ~放射能汚染と食~ (4) (12.10.26)

 放射能は累積で効いてきます。限りなくゼロに近いほうがいいです。基準値を国際レベルに下げ、それを超える農水畜産物は国が買い取り、流通させないことが求められますが、前回書きましたように基準値はまだまだ高いし、すべての食品が放射能検査をされているわけではない現状では、土壌や海が高濃度に汚染されている地域近辺の食品は残念ながら避けるしかありません。(それを単に風評被害ととるか、実害ととるかは判断が分かれているところではありますが、私は実際に土壌を汚染され、生産した農作物から放射能が検出された生産者にとっても実害だと思います。)

そして産地偽装は当たり前、加工品にいたっては原産地を記載しなければいけないという決まりもないため、消費者は商品を手にとっても、判断できない状況です。

 

 香川県は幸いいろんな食材の産地です。瀬戸内海もあります。内部被ばくを避けるという観点からも地産地消がもっともっと推進されることを期待しています。生鮮食品はたいてい県産品または近辺のものでまかなえますが、難しいのは缶詰や練り物、お菓子、乾物など加工品です。私は厚生労働省のホームページ等で食品中の放射性物質の検査結果を確認したり、内部被ばく対策を考えている者同士で情報交換をしたり、汚染が確認されているような食材については特に注意して製造者に電話で問い合わせて産地や飼料などを確認してから買ったりしています。子どもが口にするものは特に慎重に選んでいます。

 

 史上最悪の原発事故が現実に日本で起き、放射能とは長期間にわたるたたかいとなります。農薬や遺伝子組み換え作物、環境ホルモンに加え、注意しなければならないことがまたひとつ増えてしまいましたが、正しい知識と理解で乗り越えていきたいと思います。

 

(鈴木めぐみ)

結婚式 (12.10.25)

 先日、大学時代週7日ほとんど毎日一緒に遊んでいた友人の結婚式が神戸でありました。 

 披露宴では、友人の綺麗な姿・会場の雰囲気に酔いしれ、久しぶりに会った友人たちと話していると気づけばお色直しに突入してしまい最初の和装姿で一緒に写真を撮るのをすっかり忘れてしまっていました。

 二次会では、新婦に内緒で作ったDVDを流した際の新婦の驚いた顔がまた、より一層うれしかったです。

 また、約3年ぶりに再会した友人の変わりように最初誰か分からず気づかなかったりみんなの近況も聞けて楽しくて名残惜しい週末になりました。次回、皆に会えるのは一月。今からもう待ち遠しいです。

(北川)

 

文化祭 (12.10.24)

 先週の日曜日に、地元で行われた文化祭に行って来ました。文化祭といっても学校という括りではなく、地域の人が日ごろの成果を発表する場で、手芸や絵画、フラダンスや琴などが行われていました。

 私の地元は田舎で過疎化が進んでいると思っていたのですが、お年寄りも小さな子供もいっぱい参加していて小規模ではありますがとてもいい雰囲気で行われていました。天候にも恵まれ、知り合いにも会えて、とても楽しかったです。

(小島)

かわいい? (12.10.23)

 香川県は実は「キャラクター王国」だそうです。県のHPに登場するキャラクターだけでも、20体を超えているのだとか。そんな中で、最近なんだか気になるキャラクターが「うどん脳」です。

 いわゆる「ゆるキャラ」。ゆるキャラに認められるには以下の3つの条件があるとのこと。

  1.郷土愛に満ち溢れた強いメッセージ性があること。

  2.立ち居振る舞いが不安定かつユニークであること。

  3.愛すべき、ゆるさ、を持ち合わせている事。

どうやら全部クリアできてそう。2012年のゆるキャラグランプリにもエントリーしている模様。初めて目にしたときは正直「えっ・・・なんだか気持ちわるい・・・?」と思ったのですが、ブログの写真などで見慣れてくると「もしかしてちょっとかわいいんじゃ・・・」なんて思ってみたり。昨日も、お昼に行ったうどん屋さんでうどん脳のポスターを見かけて、思わず「あっ!うどん脳!」と反応してしまいました。

 このじわじわくる感じが「ゆるキャラ」なんでしょうか・・・。

(和泉)

 

良い名前? (12.10.22)

  先日、久し振りに会った友人と近況報告に花を咲かせていると、自分の名前の発音・画数等がもつ意味は良いのか?それとも悪いのか?という話題になりました。

友人の名前は、私からみればキレイな響きの女性らしい名前なのですが、友人が本や知人等を使って調べたところでは、男性的な意味を持つ名前で女性としては強すぎる名前の漢字だったとか・・・。

強さを緩和するのには名前や漢字を変えるしかないのですが、さすがにそう簡単には変えられないので、公な場所等以外で支障のないところでは、別の名前を使っているとのこと!

ちょっと驚きましたが、それで運気が上がって、友人が前向きな生活を送れるのなら、そんなに悪くないのかもしれないなあとも思いました。

 ちなみに私の名前は、その友人に言わせると、女性的な良い名前の漢字だそうです(^^)v

(日詰)

 

 

秋の深まり (12.10.19)

 朝夕がめっきり冷え込んできて、秋の深まりを感じるようになりました。風邪をひいている人もよく見かけますが、体調管理にはお互い注意したいものです。

 ところで、先日、通勤時のマイカーの車中で興味深い話を耳にしました。毎日聴いているラジオ番組のお天気コーナーでの気象予報士の方の話です。季節感を表現するときに、「深まる」という言葉を使うのは秋だけだというのです。この方がなかなか博識な人で、いつも天気予報だけでなく、季節や気象にまつわるおもしろい話を披露してくれるのですが、このときもはたと気づかされ、すぐにほうと納得してしまいました。

 秋以外の季節に対して深まるという言葉を使った表現もまったく見ないわけではありませんが、たしかにそれには秋に比べて趣(おもむき)というものが感じられません。けれども秋の深まりというと、もみじが紅く色づいた晩秋の静寂な山々をすぐさま連想し、日本の美を感じさせてくれます。これは日本人固有の詫び寂びの美意識から生まれてきた表現なのかもしれません。

 日本語って美しいなあと感じさせられた話でした。外国語にもこんな表現あるのかなあと思いつつ、美しの国、日本に生まれてよかったと少しだけ思いました。あっ、でも・・・食欲が深まるとも言うような・・・。食欲の秋ですが、こちらは風情が感じられませんね。みなさん食べ過ぎにはご注意を。

(松本 秀紀)

 

(12.10.18)

秋の空.JPG  急に寒くなってきましたね。すっかり空は秋です。夕方の空がとてもきれいだったので、記念撮影しました。ここはどこかお分かりになる方もいらっしゃるでしょう。私は、ほぼ毎日見ている景色です。

  さて、我が家の庭のプチスイカですが、そろそろツルが枯れてきたので、収穫しました。スイカを切ったら「白色でしょうか?」「赤色でしょうか?」と子供たちと包丁片手に楽しんだ後、ザクッと切ってみると、みごとに赤色でした!白の部分はほとんどなくて、種は大きな普通のスイカのサイズ。味は・・・ちゃんとスイカ味。ちゃんと甘かったので、またまたビックリ。

 来年は、大きくなるスイカを育ててみようかな。

(泉川)

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