変わりゆくふるさとの田園風景。~なくなる田畑、増える新築住宅をみて~ (13.9.25)
かつて私が通った小学校のあたりは、当時は田んぼが広がっていた。毎年2月のマラソン大会は、その田んぼの中のまだ舗装もされていないような道を走っていた。私は運動は好きだったが持久力がないためマラソンが苦手だったので、やはりマラソンが苦手な兄と夕方練習に行ったことを思い出す。
それが近年では宅地化が進み、大型商業施設までできてしまった。ふるさとの風景がどんどん様変りしていうのはなんともさみしいものだと、帰省をするたびに思う。
しかしふと考えた。少子化が進み、人口は減少していくはずだ。単純に考えれば住居としての家は余っていくはずだが、田畑がなくなり新築の住宅やマンションがどんどん建ち続けている。要するに古いものは放置され、田畑を削って新しいものができているのだ。
昔と違い、今は核家族化が進み、さらに子が成長したら親はそのまま田舎に残るが、子どもはどんどん都市部へ出ていく。そして親が亡くなり、子はふるさとの不動産を相続しても帰ってくることは稀で、家屋は使用されないままとなり、空き家となってしまうことも多いようだ。
空き家も手入れ・管理がされていればいいが、廃墟となっていると防犯の面からも危険を感じる。農地がどんどん減ることにより、食料自給率の減少も心配だ。
農業を衰退させず、空き家も極力減らすためには、農業従事者を増やして農地を守り、今ある宅地・建物の有効利用が進められなければいけない。新しいものをひたすら建てるだけではなく、既存の物に手を加えて再利用できる方法も検討すべきだと思う。
同時に、子供からお年寄りまで、住民が地域で安心して暮らせる総合的な街づくりも必要だろう。今後も増えるであろう買い手も借り手もつかないような不動産を、自治体としても街づくりの観点から有効活用の方法を探っていくことも求められる。
また、将来相続となっても誰も住むことができず、管理も難しいのなら、所有者は自分の死後の処分方法を生前から検討しておくことも大事だ。
ふるさとの変わりゆく風景を眺めそんなことを思った秋の夜長であった。
(鈴木)