「いじめ」を考える (10.9.8)
近日中に「職場のマネジメント」について話をする機会があり、「職場におけるいじめ」も含めて依頼がありました。
学校における「いじめ」問題についての書籍を探して読んでみましたが、読み進めるうちに「ゲンナリ」してきます。
逃れるに逃れられない狭い人間関係の中で、無理矢理に人間関係を維持しようとしたときに発生するものだということが分かりました。広い社会では「嫌なやつ」なら「つきあわない」で済ませることになるのですが「学校」や「職場」ということになると、そのグループを維持することが前提となり、結果、呪縛に飲まれてしまうことになります。
これが、環境的視点での「いじめ」論。
もう一つが「いじめ」を起動する内面的問題。気づかされたのは「いじめられていた者」が「いじめる者」にいとも簡単に転化するということでした。
いじめられていた時の「みじめな筋書き」体験を背景にして、「全能感たっぷりの筋書き」で「いじめ」を展開し始めることを分析していました。
その他の多くの気づきを与えてくれましたが、人間には理解しがたい奥深い問題があるようです。(林 哲也)